福岡の扇風機・加湿器レンタル|法人・学校向け

風の在りか

time 2026/02/16

倉庫の扉を開けると、埃の匂いがした。

父が亡くなって三ヶ月。四十九日も終わり、ようやく遺品整理に手をつける気になった。正確に言えば、母に頼まれたのだ。「お父さんの倉庫、あんたが見てくれん?」と。兄は東京、妹は結婚して熊本。福岡市内に住んでいる自分が、一番近い。

久留米の実家には、家とは別に小さな倉庫がある。父が生前「男の城」と呼んでいた場所だ。工具、釣り道具、キャンプ用品。そして、得体の知れないガラクタ。

目が暗さに慣れてくると、奥に大きな影が見えた。

扇風機だった。

業務用の、大型扇風機。直径五十センチはあろうかという羽根。ステンレスのガードは錆びているが、形はしっかりしている。高さは自分の胸くらいまである。

なぜこんなものが。

 

記憶が、ふいに蘇った。

小学五年生の夏。父はPTA会長をしていた。

あの年の夏祭りは、体育館で行われた。前日から準備があり、父は何度も学校に通った。自分も何度か連れて行かれた。

「暑かねえ」

体育館は蒸し風呂のようだった。窓を開けても風は入らない。天井だけが高くて、熱気がそこに溜まっていた。

父がどこからか調達してきたのが、この扇風機だった。レンタルだったのか、誰かに借りたのか。今となってはわからない。

スイッチを入れると、風が起きた。

体育館の空気がぐわんと動いた気がした。子供たちが「おー」と声を上げた。大人たちは笑った。父も笑っていた。

その風の中心に、自分たちはいた。

 

「これ、動くんかな」

独り言を言いながら、コンセントを探した。倉庫の奥に、埃をかぶったタップがある。扇風機のプラグを差し込み、おそるおそるスイッチを押した。

沈黙。

やはりダメか、と思った瞬間、羽根がゆっくりと回り始めた。

風が来た。

古い倉庫の空気が動く。埃が舞う。そして、匂い。何の匂いかわからないが、懐かしい匂い。

目を閉じた。

 

あの頃、世界は完璧だった。

父がいた。母がいた。兄がいて、妹がいた。叔父も叔母もいて、祖父母も健在だった。いとこたちと走り回り、夏祭りでは夜更かしを許された。

近所には友人がいた。学校から帰ると、誰かしらが外にいた。ゲームなんかしなくても、日が暮れるまで遊べた。

全員が、同じ世界にいた。

同じ空気を吸い、同じ風に吹かれていた。

 

今、父は死んだ。

兄とは年に二回、盆と正月に会うだけだ。妹とはLINEでたまにやりとりするが、電話で話すことはほとんどない。

叔父は三年前に脳梗塞で倒れ、施設に入っている。見舞いに行ったのは一度きりだ。

いとこたちとは、父の葬儀で久しぶりに顔を合わせた。子供の頃はあれほど親しかったのに、何を話せばいいのかわからなかった。

近所の友人たちは、ほとんどが久留米を離れた。自分も福岡市内に出た。たまに同窓会の連絡が来るが、行ったことはない。

みんな、生きている。

死んだのは父だけだ。他のみんなは、ちゃんと生きている。

なのに、世界は、確実に、壊れている。

 

いつ壊れたのか。

大学進学で久留米を出た時か。就職で福岡市内に住み始めた時か。結婚した時か。結婚しなかったからか。

違う。どれも違う。

壊れたのではない。壊れていったのだ。少しずつ、少しずつ。気づかないうちに。

子供の頃、世界の真ん中には何かがあった。それが何かはわからない。家族の食卓だったかもしれない。夏祭りの夜だったかもしれない。体育館を吹き抜けた、あの風だったかもしれない。

真ん中に何かがあったから、自分たちはそこに集まれた。

今、真ん中には、穴が空いている。

でも、空洞ではないのかもしれない。

あの頃、真ん中にあったものは、散らばった人それぞれの中に移ったのだ。兄の中に、妹の中に、叔父の中に、自分の中に。みんなが少しずつ持ち帰った。

だから真ん中は空っぽに見える。でも、集まれば、また現れる。そういうものなのかもしれない。

 

風が止まった。

見ると、扇風機は静かに羽根を止めていた。モーターがついに力尽きたのかもしれない。あるいは、接触不良か。

倉庫が急に暑く感じた。

プラグを抜き、扇風機を見つめた。錆びたガード。色褪せたスイッチ。三十年近くここにあったのか。

父は、なぜこれを捨てなかったのだろう。

 

母に聞いてみようと思った。

玄関を開けると、母は台所にいた。「終わった?」と聞かれ、「まだ」と答えた。

「あの扇風機、なんで取っとったと?」

母は手を止めた。少し考えて、言った。

「あれね、お父さんが買い取ったとよ」

「買い取った?」

「レンタルやったらしいけど、気に入ってね。返す時に、譲ってもらえんかって頼んだら、もう古いけんっていうて、安う売ってもらえたんやって」

「へえ」

「あんときの夏祭り、楽しかったもんねえ」

母は遠い目をした。

「みんなおったねえ。あんたのお父さんも、おじさんも、ばあちゃんも。子供らもみんな元気で、走り回りよったねえ」

「うん」

「あの扇風機ば見ると、思い出すっちゃないと?お父さん」

 

倉庫に戻った。

扇風機の前に立ち、もう一度プラグを差した。スイッチを入れる。

羽根が回り始めた。さっきより弱い風。でも、確かに風。

父は、この風を残したかったのだろうか。

あの日、体育館の真ん中で起きた風。みんなを繋いでいた風。その風が吹く限り、世界はまだ続いていると、そう思いたかったのだろうか。

わからない。

 

九月になれば、この扇風機はまた倉庫の奥にしまわれる。

来年の夏、自分はこれを出すだろうか。それとも、処分してしまうだろうか。

兄に連絡しようと思った。用件はない。ただ、電話してみようと思った。妹にも。できれば、叔父の見舞いにも行こう。

世界は再構築できるのか。

わからない。たぶん、同じ形には戻らない。戻らなくていいのかもしれない。

ただ、風を止めてはいけない気がした。

穴を塞ぐことはできなくても、その周りに人が集まれる理由を、どこかに作っておかなければ。

父がそうしたように。

 

八月のその日、容赦ないはずの日差しが何か言いたげだった。

 

著者情報

レンタルのローム 西山

レンタルのローム 西山

代表・サービス提供責任者

2006年に原稿作成会社を立ち上げ以降、法人・研究者のお客様を多く抱える事業体へと成長させる。2019年にレンタル事業を立ち上げ、高齢者施設・幼保、オフィスなど、室内で利用する清潔で綺麗なレンタル製品を取り扱い開始。コロナ禍の影響により事業を急拡大させ、とりわけ大型扇風機・業務用加湿器のレンタルに強みを持っている。

 

 

代表者

代表者

ご訪問ありがとうございます。
大型扇風機や業務用の加湿器レンタルをご希望の福岡の学校様、法人様向けのウェブサイトです。
皆様のビジネスライフの一助となれましたら幸いです。
レンタルに関するご質問等がありましたら、お気兼ねなくご連絡ください。

所在地

〒812-0011
福岡市博多区博多駅前1-23-2 ParkFront博多駅前1丁目5F-B

各線博多駅 徒歩7分
市営地下鉄空港線 祇園駅 徒歩6分